「母乳=貧血のリスク大」じゃなかった!
「母乳中の鉄分は少ない」という事実が独り歩きし、まるで栄養が薄い液体のように信じている専門家もいるようですが、そんなわけはありません。
なぜ鉄分濃度が低くても、一般的な赤ちゃんは貧血にならないのでしょうか。
以下は、2001年に発表された論文です。
<調査内容>
スウェーデンとホンジュラスの赤ちゃんをそれぞれ3つのグループに分け、鉄分のサプリメントを与える期間と、貧血の割合の関係を調べた。
グループ① 月齢4カ月から鉄分サプリメントあり
グループ② 月齢6カ月から鉄分サプリメントあり
グループ③ 鉄分サプリメントなし
<結果:月齢9カ月での鉄欠乏性貧血の割合>
スウェーデン:全てのグループで3%未満
ホンジュラス:グループ①と②は10%前後、グループ③は約30%
<結論>
月齢6カ月未満の乳児は、大人の鉄分吸収のメカニズムと違って、貯蔵鉄が十分にあったとしても、鉄分を摂取すれば吸収することが明らかになった。
鉄の吸収をセーブすることができないということは、鉄を摂りすぎると過負荷がかかるリスクがあり、長期的に有害な影響があるかもしれない。
社会経済的に恵まれておらず、鉄欠乏性貧血が蔓延している地域では、4-6カ月から9カ月以降まで、鉄サプリメントを与えることで貧血を改善することができる。
しかし、鉄欠乏性貧血が一般的でない地域では、有益でないばかりか、害があるかもしれない。
<条件など>
サプリメント:硫酸第一鉄を1 mg/kg/d、またはプラセボ
赤ちゃんは、6カ月までは母乳のみ、6カ月以降は母乳とともに補完食を開始。
出生体重2500 g以上の満期産児。
母親が妊娠中の栄養状態・喫煙の有無・へその緒をクランプしたタイミング・月齢4カ月未満における感染症の有無は調べていないが、遺伝的要素と合わせて、二つの国で大きな違いが出た要因になっているのではないか。(もともと、6カ月時点での鉄欠乏症はスウェーデン2%、ホンジュラスは25%と大きく違う)
<原文>
15. Domellof MD, Cohen RJ, Dewey KG, Hernell O, Rivera LL, Lönnerdal B. Iron supplementation of breast-fed Honduran and Swedish infants from 4 to 9 months of age. J Pediatr 2001; 138: 679–87.
この研究は、最初は、
・母乳のみの赤ちゃんは、貧血が多いんじゃないか
・鉄分のサプリメントを早期から与えていれば、それを予防できるんじゃないか
という仮説と共に始められたようです。
でも、実際は、産まれた後の栄養法よりも、環境などの影響が大きいことが 明らかになったのですね。
赤ちゃんの鉄分吸収のメカニズムは特別なもの
大人の場合では、体内の貯蔵鉄が減ると、例えば、鉄イオンを小腸から吸収するための専用の入り口がぐんと増え、貯蔵鉄が十分に増えると、鉄イオンの入り口が減るようなメカニズムがあります。
鉄分が必要な時は吸収しやすく、必要ない時はそんなに吸収しないように調整されているんですね。
ところが、赤ちゃんは、貯蔵鉄として余分に鉄分を蓄えて産まれてきているはずなのに、母乳を飲むと、その中の鉄分もどんどん吸収することができるということなのです。
母乳中の鉄濃度が低いのは、生物としてベストな範囲に設定されているからなのでしょう。
ちなみに、母乳中に含まれる鉄分濃度は、「母体の鉄分の状態の影響を受けない」ことも示されています(本文より(17))。
貧血のリスクを高める本当の要因は母乳以外にある
低出生体重で産まれた赤ちゃんや、生後すぐに病気にかかった赤ちゃんなどは、成長のスパートのために貯蔵鉄を多く代謝するので(本文より)、サプリメントを使用した方が、より健康に成長できる可能性が高まることもあるようです。
しかし、母乳を飲むことで貧血が悪化するのではないので、安心して授乳を続けることができます。
スウェーデンのような環境なら、母乳で育った赤ちゃんは、9カ月時点での貧血もごくわずかです。
ちなみに、補完食は、スウェーデンの方が平均的に鉄分濃度が高かったようです(でも、補完食による鉄分補給の影響は、全体に対して小さかった。本文より)。
つまり、
「産まれた後にどれだけ補給するか」
よりも、
「産まれる前(へその緒をクランプするまで)にどれだけ蓄えておけるか」
「産まれた後に、どれだけ消費する環境(感染症など)にあるか」
の方が影響大!ということなのかもしれません。
母乳に警鐘を鳴らすよりも、根本的な解決方法に注意を向けられるといいですね。
貧血についてのさらなる情報は、タグ#貧血からもどうぞ。
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2017/4/15更新
コメント
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いつも記事楽しみにしています。
「母乳が出ないタイプだったらミルクで」「二人分食べないと母乳でないわよ」「歯が生えてきたら断乳しないと母乳で虫歯になる」とか都市伝説なのか言い伝えなのか、もうお腹いっぱいですよね。
間違った言い伝えを信じ込んで「母乳が出ないタイプだったら」とか言っている妊婦さんいっぱいいますね。…母乳が出るか出ないかはくじ引きじゃなくて、産後母乳が安定するまでお母さんと赤ちゃん自身が作り上げていくんですよね。人によってすぐ安定する人、3ヶ月かかる人と違いはあるかもしれませんが…。
ここらでそろそろ研究に基づいたある程度の事実に基づいた知識が広まって欲しい。それには医療に携わっている人たちが正しい知識を身につけて広めてくれることですね。
こんにちは。
しおんさんのおっしゃる通りだと思います。
>母乳が出るか出ないかはくじ引きじゃなくて、産後母乳が安定するまでお母さんと赤ちゃん自身が作り上げていく
とても的確な表現だと思いました(^^)
日本にもWHOなどの方針に従って母乳育児を支援する大きな団体がいくつかあるようなのですが、一般のお母さんどころか、医療従事者にも浸透していないようなので、先は長そうだなぁと感じます。
sumireさん こんにちは。
いつも頼りにさせてもらっています。
最近も
「母乳は、虫歯の原因になる」と、
行政の歯科衛生士さん、ママ友から話され
不安になり、検索させていただきました。
出産したばかりで、共感してくれそうな友人には
こちらのブログを紹介しています。
これからも学んでいきたいので、
ブログの内容が本になればと思っております。
難しいでしょうか。
コメントとブログの紹介までありがとうございます(^^)/
「母乳=虫歯の原因」なんてピントのずれた説を、歯科検診でもっともらしく吹聴するのはデメリットしかないですね…。
書籍化の要望までありがとうございます。私一人の力では難しいのでなんとも言えませんが、たくさんある記事の内容を、もっと分かりやすくまとめられたらいいなとは常々思っています。