「しょっぱい母乳」の正体|WHO
乳腺炎になったとき、または、何も症状がなくても、「しょっぱい母乳」が出てくることがあります。
以前は、「授乳間隔が空いて母乳が古くなったから、あるいは、母乳に悪いものを食べて乳質が悪くなったから、まずくなった」と信じられていた時代がありました。
しょっぱい母乳はどうやってできるのかを知ると、何に気をつけたらいいかが分かってきます。
乳腺炎;原因と対処法, World Health Organization
7.3 非感染性乳腺炎
炎症反応の一環として、傍細胞経路という、腺房中の母乳分泌細胞の密着結合を開くことよって、血漿から母乳中へ物質(特に免疫タンパク質とナトリウム)を透過させることができるメカニズムがあります。
同時に、乳管と腺房中の母乳の圧力を高めることで、母乳中の物質を周辺組織へ強制的に返すことができるようになります。
傍細胞経路が開くことによって、母乳の成分構成が変化します。
ナトリウムと塩素イオン濃度が上昇し、乳糖とカリウム濃度が下がります(102;126; 132)。
母乳の味も、よりしょっぱく、甘みが減ったように変化します。
しょっぱい感じは、通常一時的なもので、およそ1週間続きます(131)。
授乳などをしなかった場合は、母乳のうっ滞と味の変化は持続します。これは一側性乳房慢性機能不全(unilateral chronic breast dysfunction)と言われてきました(25)。
しかし、この状態は可逆的で、次の妊娠をすると、症状があった乳房も通常の機能に戻ります(130)。
7.5 不顕性乳腺炎
近年、不顕性乳腺炎と呼ばれる状態について言及されてきました(46; 175)。
不顕性乳腺炎は、臨床的な乳腺炎の症状がない場合において、母乳中のカリウムに対するナトリウム比率の上昇と、インターロイキン8(IL-8)濃度の上昇を検知することで診断されます。
ナトリウムとIL-8濃度の上昇は、臨床的なサインが見られなかったとしても、炎症反応が起こっていることを示していると考えられます。
なぜしょっぱくなるの?
しょっぱさの原因のナトリウム(塩分)は、生体内で、細胞が周囲とコミュニケーションを取ったり、必要な物質を中に取り込んだりする時に利用される、かなり重要な存在となっています。
そのため、乳腺組織側には、もともとナトリウムがたくさん存在している(※1)けど、普段は細胞の間がぴったりと閉じられている(=密着結合)ので、そのすきまから母乳中へと、簡単に物質は行き来することはできません。
でも、炎症反応などをきっかけに、密着結合の構造が変わると、細胞の間を通って(=傍細胞経路)、ナトリウムや免疫物質などが母乳中へ移行してきたり、母乳中の物質を乳腺組織へ戻したりと、物質が行き来できるようになるんですね。
ということで、最初に作られたのは普通の母乳だったけど、何かをきっかけにナトリウム(塩分)が母乳中に移行すると、しょっぱくなりうるんですね。
※ナトリウム(Na)や塩素イオン(Cl)…NaClは、「食塩」そのもの。
乳管の一部だけしょっぱい母乳が出るのはなぜ?
痛みや赤みなどの症状はないのに、一部からしょっぱい母乳が出てくることがあります。
その場合も、乳房の一部に炎症が起きているため、その部分から生産される母乳のナトリウム濃度が上がったのかもしれません。
炎症が治るまで、母乳中への免疫タンパクやナトリウムの移行が続くと考えられるので、しばらくしょっぱいかもしれません。
症状がない乳腺炎を、不顕性乳腺炎と言います。
乳腺炎になるとしょっぱくなるのはなぜ?
炎症が起きているので、ナトリウムが移行してきたのかもしれません。
この「乳腺炎=しょっぱい母乳」のイメージが強いためか、WHOのレビューによると、「乳腺炎の予防のために、食事の塩分を控えるべし」という迷信も存在したようです。
しかし、しょっぱくなるのは体内の塩分が多いためではなく、炎症反応の一つなのですね。
つまり、食事の塩分を控えたとしても、炎症が起こってしまえば、母乳がしょっぱくなるのを止められないと考えられます。
(このレビューでは、様々な理由で母乳の生産量が減った場合、母乳中のカリウムに対するナトリウムの比率が上がることについても触れられています。その原因の詳細は不明ですが、ナトリウムと免疫タンパクを母乳中へ透過させつつ、不要になった母乳を周辺組織へ戻すメカニズムの一貫なのかもしれません)
母乳育児は、知識が深いほど、試練は小さくなります。
しょっぱい母乳を予防するために効果が期待できることは、まず炎症を防ぐこと。たとえば…
①授乳スキルを改善する→ポジショニング
②授乳頻度を妥当にする→授乳パターン
③母乳が多すぎる場合は→母乳過多
※1 河原克雅. “腎の NaCl 輸送.” 日本生理学雜誌= JOURNAL OF THE PHYSIOLOGICAL SOCIETY OF JAPAN 67.10 (2005): 325-332.
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