くる病はなぜ増えている?くる病研究の歴史から分かったこと
今、「かつて途絶えたはずのくる病が、再び増えてきている」と言われています。
特に、「母乳育児の普及にともなって、くる病が増えてきている」という文脈で語られることも多いです。
どういうことなのか、くる病研究の論文を100本くらいチェックしてみると、こんなことが分かってきました。
前回の「くる病が珍しくなかった時代の話」に続いて、今回は、「くる病が、骨の話から、ビタミンDの血中濃度の話へとすり替えられた時代」の話。
1980年代
「母乳育児=くる病のリスク」説が爆発的に増える。
HPLC(血中成分を分析できる機器)が普及し、技術的に、ビタミンDの血中濃度が測定できるようになると、「基準より低い子」が次々と見つかったからである。
論文著者らは、それらの子どもたちに身体症状がなくても、気にしない。
その一方、この頃、厳格なベジタリアンの親に育てられた子どもに、くる病(身体症状あり)が報告された論文が複数出ている。
時代背景として、動物性食材を食べない「菜食主義」が流行し始めたようだ。
この頃、「母乳育ちの子どもの骨も大丈夫だったよ」派 と、「母乳育ちの子どもはたぶん危ない」派に分かれ始める。
「くる病」という言葉が、「ビタミンDの血中濃度が低いこと」のみを指している論文が混在し始める。
1990年代
それまではヨーロッパやアメリカの住民が主な調査対象だったが、この頃から、アフリカなどの途上国の住民についての論文が増える。
先進国のくる病患者は減ったが、途上国ではまだ発症していたようだ。
母乳育ちの子どもにビタミンDサプリを推奨する論文も順調に増える。
「数人のくる病患者を観察すると、やっぱり母乳を飲んでいた。母乳を飲んでいる場合はビタミンDサプリが必要だ」というのがよくあるパターンである。
これらの著者は、その子どもがビタミンDを添加された人工ミルクも飲んでいても、生育環境がどんな状況でも、気にしない。
母乳を飲んでいれば、それだけでリスク要因と見なされたようである。
この頃、徐々に、母乳栄養とくる病の因果関係の証明どころか、相関関係の証明すらも、しなくて許される空気が確立する。
それまでは、「母乳はビタミンDが少ないからくる病のリスクがあるかも?」という仮説が、「ひょっとすると」「おそらく」「可能性がある」などの言葉とともに語られてきた。
それが、1990年代以降は、データが示されることはないまま、しれっと、「母乳はくる病のリスクがある」と断定系の表現になっていく。
たまに、きちんと過去の論文を引用しているものがあっても、その引用論文もさらに過去の論文を引用していて、どこまでたどっても「筆者による仮説」しか出てこない。
母乳とくる病は関係あるのか?関係ないのか?その結論は、何重にも重なった階層の奥深くで、霧となって消えるのである。
この頃には全て「くる病=母乳育ち」一色なのかというとそうでもなく、対照群を取ってビタミンDの血中濃度を測定しつつ、「アフリカの子どものくる病(身体症状あり)は、ビタミンD不足ではなくカルシウム不足が原因なのでは」と結論付ける論文などもある1。
「母乳とくる病」界隈では、このように、対照群のある研究自体、マイナーな存在である。
2000年代
この頃、ついに、米国小児科学会(AAP)が、くる病予防のために、ビタミンDサプリを推奨するガイドラインを出す2。
ビタミンDサプリがどのように骨に影響を与えるかのデータはないけど、ビタミンD血中濃度を高めることは期待できるからだ。
もう一度言うが、ビタミンDサプリがどのように骨に影響を与えるのかのデータはない(参照文献もチェックした)。
それまでは、くる病とセットだった「ビタミンD欠乏」というフレーズが、この頃から「疾患」としてひとり立ちする。
争点が、「骨」から「ビタミンD血中濃度」へと移ったのだ。
※「ビタミンD欠乏症」は、ビタミンDのサプリや強化食品を常用していなければ、多くの人にリスクがあるようだ。
しかし、ビタミンDサプリを飲んでいるからといって、必ず基準をクリアできるとも限らない、気難しい存在のよう。
(なぜ、ビタミンDをたくさんとっているからといって、必ずしも血中濃度が上がるわけではないのかは、後日記事にする予定の、ビタミンDの最新情報を知ると、分かってくる)
その一方で、過去の論文を振り返って、「くる病の原因=ビタミンD不足」の構図を疑う論文が数多く出ている。
くる病患者(症状あり)を調べて、「もちろんビタミンDは大切な物質だけど、くる病予防や治療には、カルシウムを気にした方がいいんじゃない?」という論文も、いくつも出ている3, 4, 5。
また、ビタミンDの体内での挙動の解明が進んだようで、具体的な遺伝子名などを記した論文が増える。
まとめ
つまり、「近年増えている」のは、くる病患者ではなく、「ビタミンDの血中濃度が基準より低い人々」なのである。
そしてそれは、母乳の普及率ではなく、HPLCの普及率と、強い相関があると予測される。
1980〜1990年代にかけて、
技術的にビタミンDの血中濃度を調べられるようになると、母乳育ちの子の数値が低いことがしばしばあることに気づく
↓
ビタミンDサプリをオススメしたい気持ちが急上昇
↓
母乳育ちの子のビタミンD血中濃度を調べる研究を乱発
という大きな流れができたようだ。
「安全だと思われていたものにひそむリスク」というキャッチーな話題は皆の目を引き、私たちはあっけなく飲み込まれたのだ。
しかし、母乳とくる病をセットにした研究は1990年代をピークに進展を見せず、2000年代以降は、「そもそもビタミンDで、骨の健康を語れるのか?」を疑問視する論文が、いくつもでてきた。
しかし、これらの論文は、このブログ同様、全く話題にならなかったようだ。
親近感を覚える(覚えている場合ではない)。
さて、現在のくる病研究はどうなっているのでしょうか。
次の記事で、最近の研究の特徴をまとめます。
くる病とビタミンDのシリーズはこちらから読めます。
主な参考文献
1 Okonofua, F., et al. “Rickets in Nigerian children: a consequence of calcium malnutrition.” Metabolism 40.2 (1991): 209-213.
2 Gartner, Lawrence M., and Frank R. Greer. “Prevention of rickets and vitamin D deficiency: new guidelines for vitamin D intake.” Pediatrics 111.4 (2003): 908-910.
3 Thacher, Tom D., et al. “Nutritional rickets around the world: causes and future directions.” Annals of tropical paediatrics 26.1 (2006): 1-16.
4 Thacher, Tom D., et al. “Case-control study of factors associated with nutritional rickets in Nigerian children.” The Journal of pediatrics 137.3 (2000): 367-373.
5 DeLucia, Maria C., MaryAnn E. Mitnick, and Thomas O. Carpenter. “Nutritional rickets with normal circulating 25-hydroxyvitamin D: a call for reexamining the role of dietary calcium intake in North American infants.” The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 88.8 (2003): 3539-3545.
コメント
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いつも適切な情報ありがとうございます。
すみれさんの情報がたくさんの方々に届けられるように、紹介させていただいています。
いつか、すみれさんのこのブログを立ち上げるまでに至った経緯を含んで、私が所属しますJALCで講和いただけないかと密かに企んでおります。
いつも応援ありがとうございます。
また、密かに企んでいただき光栄です。
JALCさん、当ブログ、読者の皆様の三方向にとって有益な機会を持てそうであれば、考えてみたいと思います。
最近気になっているトピックなのでとても楽しみです!
小児科学会でも発表されたようですね。
私もまだまだ情報収集の途中です。でも個人的な印象としては母乳だけが原因ではないような…。ただ、ビタミンDだけではなく、妊娠中のお母さんの微量栄養素の不足はあるかもしれないと感じています。
この内容に興味を持ってくださる方がいらっしゃり、心強いです。母乳だけが原因じゃなさそうと感じたとのこと、するどいと思います。
ここ数年で日本で話題になった研究も、やっぱりビタミンD血中濃度に注目していて、母乳育ちの子でもくる病にはなっていないんですよね。
これからさらに突っ込んで、どんなことが分かっているのかを記事にしていきますね。